| 緯度経度の(*)印は対象場所(エリア)の中央付近の座標です。無印は周辺再近場所での測位座標です。 |
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全体位置図![]() ![]() |
丸保山古墳は、仁徳陵古墳(大山古墳)の西側に築かれ、前方部を南西に向けた前方後円墳ですが、形そのものは前方部の幅が狭い「帆立貝形」と呼ばれるものです。 墳丘の規模は、全長約87m、後円部径約67m、前方部幅約40mで、前方部は昭和30年(1955年)の開墾時に一部の土砂が削り取られていますが、もともと低く短い形態をしています。 仁徳陵古墳の陪塚とも考えられますが、詳しいことは調査されていません。 周囲には一重の濠が巡らされていますが、規模は小さく、狭く浅い濠となっています。 水量も豊富ではなく、やや大き目の水溜り程度と言ったところです。 後円部は宮内庁。前方部および濠は堺市の管理となっています。 昭和47年(1972年) 7月25日 国の史跡に指定されました。
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